4年半、次、世界
このたび、2008年4月から4年半とちょっと働いた㈱フジタを退職することになりました。
次は、青年海外協力隊にいきます。井戸とかを掘るのではなく、土木工学もしくは理科教師枠で応募しようと思います。
国は、アフリカの旧英国領のどこかにしようと思います。
約2年間なので、戻ってきたら30歳くらいか(笑)
帰国後は、貿易の仕事(商社?海運?)を選択しようか、と。
もしくは教育関係かな。
できるなら、長崎の亀山に社中を作りたいところですが(笑)
英語、アフリカの現地語を話せるようになって帰ってきます。
「建設会社からJICAボランティアで貿易?なんだそりゃ。」という反応も一部あるかもしれませんが、僕がやりたいこと、達成したいことは根本ではずっと不変であり、今回の選択も同一線上にあります。たぶん。
大学3年の時、何の仕事をしようかと思って、造船・商社・海運・証券といろいろ考え、建設会社を選んだ。
理由は、自分が死んだあとも残っていく何かを作りたいな、ということで。
2008年から2010年まではJR津田沼駅前の造成工事、2010年の後半は銚子で橋の解体、2011年から2012年までは勝どきで環状2号線の橋梁工事、最後の現場は、再び銚子で橋の解体で現場代理人もやらせてもらった。
津田沼駅前は住宅、マンションもできて本当に街になってるし、勝どきの橋梁も50年くらいは残るでしょう、たぶん。
銚子では解体しかしてないから、すでに何もないのだけれども。
仕事を通して成長できたと思うし、いろいろとチャンスをくれた会社にはとても感謝してます。
今の仕事は楽しいし、やりがいもある。今後働き続けても、やっていける自信もあった。
給料にしても、かなりもらっていて、会社に残るなら将来もけっこう保障されてるんじゃないかとも思ったりする気がしないこともないこともない。
ただ、もっと楽しく、もっとやりがいがある状態を目指したい。
一度きりの人生、どうせなら目指せる限り最高を目指したい。
今までフジタを通じてお世話になった皆様、今まで本当にありがとうございました。そして今後共フジタ共々引き続き御指導御鞭撻の程宜しくお願い致します。
あとで、あのまま会社に残っておけばなぁ〜と思うことがあるかもしれないし、この選択が正しいかどうかはまだ分からない。ただ、正しいものにする自信はある。
というわけで、まだ日本には半年くらいいますが、今後もどうぞよろしくお願いします。
このブログも4日に1回くらいは更新していきたいと思います。
ではでは!